A-2.売買契約の成立時期について

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「人生で一番大きな買い物」と聞いて、不動産売買を思い浮かべる方は多いように思います。ですから、多くの方は、不動産を売買する際の決断を慎重に行いますし、一度決断した内容であっても、再考したいと感じる方も珍しくありません。
しかしながら、一度契約が締結されてしまえば、その契約を一方的になかったことにすることはできません。不動産売買契約に手付解除の条項が定められている場合でも、一方的に解除することは可能ですが、手付金相当額の損害を被ることになってしまいますし、不動産売買契約の内容や時期によっては、解除をすることが困難な場合もあります。

一方で、不動産売買契約が締結されていない状況であれば、その取引を止めることは原則として自由です。契約が成立していない以上、手付金等を支払う必要性もありません(例外的に損害賠償責任を負うケースは想定できますが、今回は解説の対象から外します)。
したがって、売買契約の成立時期は、不動産売買契約の買主・売主双方にとって大きな関心事になります。特に、取引額の大きい不動産売買契約においては、この点について十分な理解がないと不測の損害を被る可能性すらあるのです。このページでは、不動産売買契約の成立時期について解説させていただきます。

1.契約書がなくても売買契約は成立し得る

不動産売買契約も、売買契約の一種ですから、通常の売買契約と同じように考えることができます。
そして、民法は売買契約の成立時期について、次のように定めています。

民法

第522条
1項 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2項 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

不動産売買に関する他の法令も、不動産売買契約の成立時期について、上述した民法の定めを変更させるような特別な規定を定めてはいません。
したがって、不動産売買契約は、売主又は買主の一方が、売買の対象となる不動産の内容やその代金等の契約内容を他方に申込み、もう一方がその内容を承諾した際に成立することになります。
そして、この申込みや承諾は口頭で行うことも可能ですから、契約書に署名・捺印する前の段階においても、契約内容について確認できている場合には、契約は成立したものと扱われる可能性があるのです。

2.不動産売買契約の成立には書面が必要不可欠

(1)実際には書面の存在が不可欠

しかしながら、実際には、不動産売買契約について、口頭の申込と承諾で成立するということは考えられません。それは、冒頭でもお話ししたように、不動産売買契約は、売買代金が高額になることが多く、売主も買主も慎重に検討することとなるため、契約条件について書面で確認することなく、口頭の話し合いのみで契約を成立させようとする意思があるとは認められないからです。
実際に、東京高判昭和50年6月30日(昭和49年(ネ)第1783号)は、不動産売買取引においては契約書を作成することが慣行として確立されており、契約書の作成は売買成立要件である旨を判示しています。
ですから、口頭で不動産売買契約の申込みと承諾が具体的に行われているような場合であっても、その場で売買契約を成立させる意思ではなく、契約書に署名するまでは売買契約の成立を留保しているものと理解するべきでしょう。
早期に売買契約を成立させたい意向がある場合には、口頭で具体的な話があった段階で、契約書作成に向けた準備を急ぐ必要があると言えます。

(2)契約書以外の書面で契約の成立が認められることはあるか

後述するとおり、契約書の中に停止条件等を定めるケースがありますから、不動産売買契約書に署名しただけでは、売買契約の効力が発生しないことは考えられますが、契約の成立自体は、不動産売買契約書に署名した段階で、そのような条件付きで成立したものと認められます。
一方で、不動産売買契約においては、契約書を作成する前の段階で、他の書面を作成するようなことがあります。例えば、購入申込書や売渡承諾書等の書面を、契約書を作成する前にやりとりする場合も珍しくありません。
このような場合、契約書作成前の段階であっても、契約が成立したものと扱われるケースはあるのでしょうか。特に、先ほど御紹介させていただきました東京高裁の裁判例も、例外を認めない趣旨ではないように理解されているので問題となります。
この点についても、基本的には売買契約書が作成される前の段階で、不動産売買契約が成立したと扱われるのは稀です。不動産売買契約の成否が争われた裁判例を確認してみましょう。

東京地判平成26年12月18日(平成25年(ワ)第12111号)

【事案】
被告及びGは、本件不動産の内見に訪れた際、原告側の担当者に対して隣地通路部分を通行できるのかなどと尋ねるとともに、通行の可否と境界承諾書の取得の有無の確認を依頼したが、その返答は直ちには行われなかった。

Gは、同日、Eから本件不動産についての購入交渉や融資を受ける上で必要な書類であるとの説明を受けて、被告において署名押印の上、提出するよう求められ、「不動産取纏め依頼書」と題する書面を受け取った。

その書面には、被告が本件不動産を合計2億2500万円で購入する意向である旨の記載があったが、被告はその書面に署名押印して、Gを介して原告側に交付した。

その後、境界承諾書が得られていないことなどが確認されたため被告は本件不動産の購入を見送ったため、原告は、違約金等の支払いを求めて提訴した。

【判旨】
本件依頼書には、「売主の承諾が得られ次第、売買契約の締結を致します。」との記載及び契約予定日を平成24年10月17日などとする記載があるものの、被告は本件銀行から融資が受けられることを前提として購入を検討していたにとどまる上、その時点で被告が融資申込手続を行っていた形跡もうかがわれないことに照らし、本件依頼書は本件不動産の購入を希望する意向を示したものにすぎないというべきである。

したがって、本件依頼書をもって原告及び被告間において、同日時点において、本件第2契約に関する合意が成立するに至っていたとは認められない。

東京地判平成26年12月25日(平成26年(ワ)第6864号)

【事案】
不動産売買契約が成立していることを前提に、不動産の仲介を営む株式会社である原告が、不動産の所有者である被告に対し、各不動産の所有権移転登記手続を求めた事案。

原告と被告は、不動産売買に関する交渉の過程で、基本合意書を締結した。 

当該基本合意書の中には、「本件合意書の当事者が、本件各不動産について、 本件合意書の別紙に定義する価額で取得することについて基本合意した」、「本件合意書当事者は、本件合意書の有効期間が満了するまでに本取引を実行するために必要となる、適法かつ有効な売買契約を締結するものとし…その諸条件について真摯にかつ誠実に交渉するものとする。」等と定められていた。

【判旨】
本件合意書の条項は、本件合意書別紙に記載された条件を基本として、未調整の条件について今後協議・交渉したうえで、正式に売買契約を締結することが予定されている内容となっていること、また、非常に高額な売買代金であるにもかかわらず、文言上、その金額は確定しているとは読めないこと、所有権移転登記手続の時期等や代金決済日、表明保証責任や瑕疵担保責任等についても、本件合意書においては定められていないこと等の本件合意書の内容からすると、原告と被告間において、本件売買契約締結の確定的な意思表示及びその合致がなされているとは言い難い。

以上のように、不動産売買の対象となる不動産が特定されており、その売買代金についても決められている場合であっても、契約書の前に作成される書面の多くは暫定的なものとなりますから、そのような書面の存在によって売買契約の成立が認められるのは稀です。

3.売買の成立時期が問題となる理由

このように、不動産売買契約においては、原則として契約書作成時に売買契約が成立したものと扱われ、その前段階で契約が成立したと扱われるケースは稀なものといえます。
 しかしながら、上述したとおり、民法は契約の成立にあたって、契約書は不要である旨を定めている訳ですから、契約書に署名さえしなければ、契約が成立したとは評価されないと言い切ることはできません。
 特に、上述した裁判例においては、不動産売買契約の対象となった不動産の移転登記を求められたり、違約金を請求されたりしていますし、不動産売買契約が高価なものであることから、紛争となった場合のリスクも大きいものと言えます。したがって、不動産売買契約の交渉を行う場合には、売買契約の成立時期について、当事者双方の間で同じイメージを共有できるように、交渉段階で明確にしておくことが望ましいものといえるでしょう。

4.売買の成立時期の争いを回避する方法

不動産売買契約の成否が争いとなるのは、当事者の一方が当該取引について積極的であったにもかかわらず、交渉が煮詰まった段階で、他方の当事者が契約締結を見送るようなケースと言えます。
不動産売買契約を成立させる迄には、販売活動等の業務に加えて、交渉段階で様々な業務を行うことになりますから、その後で契約を締結しないと判断された場合の徒労感は大きなものになります。
一方で、不動産売買契約は成立していない訳ですから、売買契約を根拠として違約金等の請求を行うことも基本的には難しいものとなってしまいます。そこで、不動産売買契約を成立させる前段階においても、その時点で合意できる内容について書面化しておくなどの工夫が必要となります。
上述した裁判例の中にも、不動産売買契約書以外の書面が出てきましたし、その書面によって売買契約が成立しているとは評価されていませんが、交渉が煮詰まった段階で、契約交渉を終わらせられることを避ける意義はあるものと思われます。

5.まとめ

以上のとおり、不動産売買契約については、民法上は契約書が必要ではない旨が定められているものの、不動産売買契約書に署名される前の段階では、なかなかその成立は認められないものと考えられています。
不動産売買契約の成立時期は、違約金や手付金等を請求するにあたって必要な要素となりますので、事後的な紛争を回避するために、売買契約の当事者双方が売買契約の成立時期について明確にイメージを共有できるように、交渉を進める必要があるものといえそうです。

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