不動産売買契約の解除と手付の仕組みと注意点

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A.売買契約(契約書・瑕疵・仲介・解除etc)

不動産売買取引において、その不動産を売買する旨の契約が成立した場合、その時点で、買主と売主には、その契約に定められた債権債務が発生することになりますから、一方的にその契約を破棄することはできません。
一方で、不動産売買取引は、売買契約の成立によって、全ての手続が終わる訳ではなく、代金の支払いや不動産の引渡等、全ての手続を終えるには、売買契約の成立から数か月間が必要となることも珍しくありません。
そうすると、売買契約は成立したものの、何らかの理由により、その不動産を売買することを中止しなければならなくなるようなこともあり得ます。
既に、不動産を売買する意思がないにもかかわらず、契約が成立してしまっていることを理由に、取引を完遂しなければいけないというのは不合理ですから、この場合であっても契約を解除することによって、不動産売買取引を止めることは可能です。
とはいえ、既に契約が成立している訳ですから、無条件に解除をすることは許されません。また、不動産売買契約においては、手付金という項目について定めていることが多く、通常の売買契約の解除とは異なる手続が予定されているケースがほとんどです。
そこで、今回は、不動産売買契約の解除及び手付金について、解説させていただきます。 なお、不動産の瑕疵を理由とする解除については、別のページで解説させていただいておりますので、こちらを御確認ください。

1.法律上の解除権が認められる場合

(1)民法の定め

不動産売買契約も契約の一種ですから、当然に契約の解除に関する民法上の定めが適用されることとなります。まずは、民法が契約の解除についてどのように定めているのかを確認しましょう。

民法

第540条
1項 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2項 前項の意思表示は、撤回することができない。
第541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
第542条
1項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
1号 債務の全部の履行が不能であるとき。
2号 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
3号 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
4号 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期 間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
5号 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
2項 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。
1号 債務の一部の履行が不能であるとき。
2号 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
第543条
債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前2条の規定による契約の解除をすることができない。

第545条
1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2項 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3項 第一項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。
4項 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

第547条
解除権の行使について期間の定めがないときは、相手方は、解除権を有する者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に解除をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その期間内に解除の通知を受けないときは、解除権は、消滅する。

第548条
解除権を有する者が故意若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。ただし、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは、この限りでない。
民法は、第540条1項において「契約又は法律の規定」で解除権が認められる場合には、相手方に対する意思表示によって一方的に契約を解除することを認めています。
そして、契約当事者に解除権が生じる場合として、第541条が、債務不履行の場合について定めており、第542条が、履行不能であるときなどを定めています。言い換えると、契約で定めた内容について相手方当事者が履行してくれない場合や、そもそも契約で定めた相手方の債務が履行できなくなっている状態にある場合に、解除権を認めているのです。

(2)その他の法律の定め

では、不動産売買契約との関係で、契約当事者に解除権を認める法律は他にあるのでしょうか。

消費者契約法

第2条
1項 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。

2項 この法律…において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。

3項 この法律において「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいう。

第四条
1項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

1号 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認

2号 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認

2項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。

3項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

1号 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。

2号 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと。

8号 前号に掲げるもののほか、当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該事業者が調査、情報の提供、物品の調達その他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した場合において、当該事業活動が当該消費者からの特別の求めに応じたものであったことその他の取引上の社会通念に照らして正当な理由がある場合でないのに、当該事業活動が当該消費者のために特に実施したものである旨及び当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げること。

第5条
1項 前条の規定は、事業者が第三者に対し、当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託…をし、当該委託を受けた第三者…が消費者に対して同条第1項から第4項までに規定する行為をした場合について準用する…

2項 消費者契約の締結に係る消費者の代理人…、事業者の代理人及び受託者等の代理人は、前条第1項から第4項までの規定の適用については、それぞれ消費者、事業者及び受託者等とみなす。

宅地建物取引業法

第37条の2
1項 宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地又は建物の売買契約について、当該宅地建物取引業者の事務所その他国土交通省令・内閣府令で定める場所…以外の場所において、当該宅地又は建物の買受けの申込みをした者又は売買契約を締結した買主…は、次に掲げる場合を除き、書面により、当該買受けの申込みの撤回又は当該売買契約の解除…を行うことができる。この場合において、宅地建物取引業者は、申込みの撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。

1号 買受けの申込みをした者又は買主…が、国土交通省令・内閣府令の定めるところにより、申込みの撤回等を行うことができる旨及びその申込みの撤回等を行う場合の方法について告げられた場合において、その告げられた日から起算して8日を経過したとき。

2号 申込者等が、当該宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つたとき。

2項 申込みの撤回等は、申込者等が前項前段の書面を発した時に、その効力を生ずる。

3項 申込みの撤回等が行われた場合においては、宅地建物取引業者は、申込者等に対し、速やかに、買受けの申込み又は売買契約の締結に際し受領した手付金その他の金銭を返還しなければならない。

4項 前3項の規定に反する特約で申込者等に不利なものは、無効とする。
以上のとおり、不動産売買契約についても、消費者契約法の適用はありますので、クーリング・オフが可能な場合が存在します。
買主等が売主等の事務所に赴いて契約を締結する場合には、宅建業法の規定の適用はありませんし、消費者契約法については、法人同士の契約の場合等については適用がありませんから、これらの規定は常に問題となる訳ではありません。しかしながら、これらの規定を失念してしまうと、事後的に大きな問題となり得ますから、これらの規定の適用の有無については、常に意識しておく必要があるものと言えます。

2.契約上の解除条件について

(1)解除条件を定める必要性

上述したように、民法や他の法律において解除権の発生を認めているケースというのは、契約を解除させるのが当たり前のような状況ばかりです。
例えば、不動産売買契約を締結したにもかかわらず、その代金が一向に支払われない場合や、不動産が全く引き渡されない場合に、契約の解除が認められることについて、違和感を感じる方はいらっしゃらないように思います。
むしろ、解除が問題となるのは、法律上で解除権が認められているケースではなく、契約上で定めた解除条件が問題となるケースでしょう。
不動産売買契約は、売買契約成立と同時に代金が完済されて、不動産が引き渡されるというものではなく、契約成立後に行われる手続も多く残されているため、そのような手続が遅滞した時などのために、売買契約書の中に解除に関する条項をしっかり定めておく必要があります。

(2)具体的な解除条件

不動産売買契約において、解除条件として定められることが多いものとして、

  • 手付解除
  • ローン特約
  • 買換え特約
  • 建築条件特約

等が考えられます。
この中でも、不動産売買契約において問題となることが多いのは、手付解除についてです。後で詳細に説明させていただきますのでご確認ください。

(3)ローン特約を理由とする解除

手付解除以外の契約上の解除条件について、事後的にトラブルになりやすいものとして、ローン特約を理由とする解除条件があげられます。
簡単に解説させていただきます。
買主が不動産を購入するにあたって、金融機関から融資を受けることが予定されている場合で、買主がその融資を得ることができなかった場合に、何らの賠償を必要とせずに、買主側から契約を解除することを可能とする条件のことを、ローン特約に関する解除条件と言います。
確かに、融資が得られない以上、買主としては不動産の代金を支払うことができませんから、不動産売買契約については解除することが好ましいとは言えますが、売主側としては何の不備もないのに、契約が白紙に戻されてしまいます。
そこで、融資が得られなかったことについて、買主側の責めに帰すべき事由がないことを解除条件として定めるのが通常ですし、この点について買主に対してしっかり説明をしておく必要があります。
また、買主の責めに帰すべき事情について、融資を得るための金融機関等が特定されないと、融資を得るにあたっての買主側の努力義務が不当に広い事となってしまいます。そこで、不動産売買契約書の中で、融資取扱金融機関や融資額、金利、融資承認取得日等を定めることで、買主側の責めに帰することのできない事情の有無を検討するにあたっての考慮要素を限定するのが一般的といえるでしょう。
契約が白紙に戻ってしまうことになりますから、売主側としては、不動産売買契約書を締結する前に、買主の融資の計画について十分に確認する必要がありますし、買主側にも白紙撤回が可能となる条件について、誤解を招かないようにしっかりとした説明を行うべきでしょう。

3.手付金による解除

(1)手付金とは何か

手付金解除とは、不動産売買契約成立時等に、買主は売主に対して手付金として、不動産売買代金の一部を先に支払うことによって、売主が契約の履行に着手する前までであれば、その手付金を放棄することで契約を解除することができるという内容の解除条件となります。
また、売主としても、手付金の倍額を買主に支払うことによって、買主が契約の履行に着手する前であれば、契約を解除することができます。
通常の場合、契約を解除することによって、契約の相手方に損害が生じたときには、その損害について賠償する責任が認められることになりますが、このような解除条件を契約書に定めることによって、手付金の範囲で金額を支払えば、それ以上の賠償責任を負うことなく、解除することが可能となるのです。

(2)履行の着手とは

しかしながら、このような条件で解除できるのは、上述したとおり、契約の相手方が、「契約の履行に着手する前」の段階に限定されます。
契約の履行に着手してしまった場合、既に契約の内容を全うするために、相手方の当事者が動いてしまっているため、それ以降のタイミングでは、手付金を支払っただけでは、解除を許さないという趣旨になります。不動産売買契約を締結する際には、いつでも手付金さえ支払えば契約を解除できるといったような誤解を当事者にさせないために、十分に説明が必要となります。
では、不動産売買契約においては、どのような段階で、「契約の履行に着手した」と認められ、手付金による解除が認められなくなってしまうのでしょうか。
最も分かりやすいものとして、買主側が売主側に対して、手付金以外の売買代金に関する金銭を支払った場合には、「契約の履行に着手した」と認められることになります。不動産売買契約における買主の最大の債務は、売買代金の支払いになりますから、この支払いがなされた場合に、「履行に着手」したと認められることについては理解しやすいように思います。
逆に、売主側としては、不動産を引き渡す前に、登記の手続を進めることになりますから、移転登記手続の準備を行い、その旨を買主側に対して通知した場合には、「履行の着手」があったものと扱われることになります。
手付金による解除を検討する場合には、これらの手続の進捗について、当事者間で適切に把握できていることが肝要となるでしょう。

4.まとめ

以上のとおり、今回は、不動産売買契約の解除について説明させていただきました。そして、解除事由の中でも手付金による解除について、細かく解説させていただきました。
何度も申し上げておりますとおり、不動産売買契約については、他の一般的な商品の売買契約と異なり、売買契約の締結と同時に、商品が引き渡され、代金の全額が支払われるといった形を想定していません。
売買契約が締結された後も、不動産売買契約の各当事者には、その不動産についての取引を完了させるために、行うべき手続や債務が残されており、その内容如何によっては、契約が解除されてしまう可能性もあります。
このような可能性についても、当事者双方に十分に理解させた上で、円滑に取引を終わらせるために、法律上や契約上の解除条件についての正確な理解は不可欠となるのです。

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