A-3.不動産売買交渉を破棄した場合について

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不動産売買契約は非常に大きな金額が動く取引になります。ですから、売主も買主も売買契約を締結するかどうかを慎重に判断することになります。売買契約の成立時期のコラムにおいて、売買契約が成立した場合には、不動産売買契約の各当事者に債権債務が発生することになり、その後で契約を破棄しようとすると、何らかの賠償責任が生じ得る旨を取引対象となる不動産について解説させていただきました。
ですから、もし不動産売買契約を成立させる前に確認したい内容がある場合には、契約書を作成する前にハッキリとさせておく必要があります。
一方で、不動産売買契約においては、売買契約を成立させる前の段階であっても、当事者は、契約成立を見越して様々な準備を行うことがあります。例えば、不動産を取得した後に、その不動産を用いて商売を行うことを予定していた場合、その商売を行うにあたって必要な手続もとる必要がある訳です。
にもかかわらず、不動産売買契約の交渉が途中で破棄されてしまった場合、破棄された側の徒労感は大きく、それまでに準備をしていた事項が水の泡となってしまいます。
このような場合であっても、売買契約が成立する前であれば、基本的に契約交渉を破棄した側に、契約交渉を破棄された側に生じた損害を賠償する法的な責任が発生することはありません。
しかしながら、例外的に、契約成立前であっても賠償責任等が認められる場合もあるのです。このような場合に、契約交渉を破棄した側に賠償責任を認めさせるための理論を「契約締結上の過失」と呼びます。
このページでは、「契約締結上の過失」について解説させていただきます。

1.契約締結上の過失の内容

一般的には、何らかの取引に関して、一方当事者が相手方に法的な請求を行えるのは、その取引に関する契約が成立した後のことになります。
それは、契約交渉以前には契約の当事者の間に何らの法的な関係も認められませんから、相手方に対して何らかの法的な請求を行うための根拠は、当事者間の契約内容しか存在しない一方で、契約の成立が認められなければ、契約に定めようとしていた内容について請求することができないからです。
これは、不動産売買契約に関しても同じことが言えます。
しかしながら、上述したように、契約成立の前の段階で解約交渉が破棄された場合であっても、その契約が成立することを見越して何らかの準備活動等を行っていた場合、契約交渉を破棄された側に損害が生じることがあります。
この点について、契約締結準備段階に入った当事者に、相手方に損害を被らせないようにする義務があるものとして、その義務に違反したことを理由に、契約交渉を破棄した側に、賠償責任を負わせようと考えるのが、「契約締結上の過失」という理論の中身です。
「契約締結上の過失」は、法律で定められている概念ではなく、判例で確立された理論になります。
この理論の内容については、多くの学説が対立しているところではありますが、多くの裁判例は、民法第1条の信義則を理由に、上述した、「相手方に損害を被らせないようにする義務」を認め、契約交渉を破棄した側に賠償責任を認めています。

民法

第1条
1項 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

3項 権利の濫用は、これを許さない。

2.契約締結上の過失が認められる類型

つまり、「契約締結上の過失」を理由に、契約交渉を破棄した側に賠償責任が生じるのは、契約交渉を破棄した側が、「相手方に損害を被らせないようにする義務」に違反した場合ということができます。
そして、「相手方に損害を被らせないようにする義務」に違反すると考えられる場合について、次の4つに整理されるのが一般的です。

  • 1.一方的に交渉を打ち切ることで、相手方の契約成立に対する期待を裏切るような場合
  • 2.契約内容に関して適切な説明を行わなかった場合
  • 3.契約の無効・取消を主張する場合
  • 4.契約交渉の過程で相手方の権利を侵害するような言動があった場合

契約交渉の破棄に関するのは、上記類型の内、「1」にあたります。
そこで、今回は「1」の類型について解説をさせていただきます(ほかの類型については別の機会に御説明させてください。)

3.契約締結上の過失が問題となった裁判例

(1)リーディングケース

不動産売買契約に関する「契約締結上の過失」について、最も著名な事件として、最判昭和59年9月18日(判例時報1137号51頁)があります。最高裁は、東京高等裁判所の判断を是認し、「契約締結上の過失」を認め、契約交渉を破棄した側に賠償責任を認めました。
この事案の詳細は次の通りです(最高裁判所は、高裁の判断を是認したのみですので、下級審の判断を要約いたします)。

① 最判昭和59年9月18日(判例時報1137号51頁)

【事案】
売主Xは、分譲マンションの建築を計画し、着工と同時に買主を募集し、Yとの間で、マンションの売買契約に関する交渉が行われた。

Yは、正式な結論については待ってほしい旨をXに伝えていたものの、レイアウト図を交付する等して、マンションの設計について注文をしていた。

Yは、マンションで歯科医院を営むために大きな電気容量が必要となることを伝えたため、XはYの意向を確認せずに、電気容量を増やす契約を行った。その後、購入資金等の問題でYはマンションの買取を断った。

【判旨】
取引を開始し契約準備段階に入ったものは、一般市民間における関係とは異り、信義則の支配する緊密な関係にたつのであるから、のちに契約が締結されたか否かを問わず、相互に相手方の人格、財産を害しない信義則上の義務を負うものというべきで、これに違反して相手方に損害を及ぼしたときは、契約締結に至らない場合でも契約責任としての損害賠償義務を認めるのが相当である。

被告は、昭和54年11月20日から原告との交渉に入り、昭和55年1月中旬頃既に基本的には本件物件が…自己の希望する条件に適合しないとの結論に達していたにもかかわらず、その後電気容量が不足であることを指摘して原告をして電気容量増加のための諸行為…をさせ…その後も…設計変更を容認する態度に出ていたのであるから、自らの都合で契約締結に至らなかった以上、右契約締結準備段階における行為により原告に生じた損害を賠償すべきものと考える。

(2)最近の裁判例

「契約締結上の過失」を理由に、契約の成立が認められない場合であっても、契約交渉を破棄した側に賠償責任を認めるのは例外的なケースです。
しかしながら、上述した裁判例が極めて珍しいかというとそういう訳ではありません。最近の裁判例でも、「契約締結上の過失」を理由に、賠償責任を認めた裁判例はあるのです。

② 東京地判平成31年4月22日(平成30年(ワ)第6047号)

【事案】
被告は所有する本件不動産をCに賃借しており、Cはその土地の上に建物を所有していたところ、介護事業者である原告は、平成29年8月14日、Cとの間で、施設建設を目的として、本件建物及び本件土地の借地権等を対象とする売買契約を締結した。

原告は、本件売買契約の締結に先立つ同年7月18日、被告から、本件土地の賃貸借契約の内容について記載された確約書を取得していた。

しかしながら、Cは、同年10月27日、原告に対し、被告から賃借権譲渡承諾書を取得して原告に交付することができないことを理由に、本件売買契約を解除した。

【判旨】
原告は、借地権譲渡に関する被告の意向を確認するためHと面談し、事業計画の概要を説明し、被告の署名押印がされた本件確約書を受領したことから、被告が本件借地権の譲渡を承諾するものと信頼して、住民説明会を実施したり、D区や金融機関との折衝をしたり、Cと本件売買契約を締結したりして、本件施設の開設のための準備を進めていたことが認められる。

それにもかかわらず、被告は、何ら具体的な理由も示さずに、一方的に本件土地の売買を進めないよう求める旨の書面をファクシミリで送信し…Cは本件売買契約を解除するに至り、原告は本件施設の開設を断念せざるを得なくなったものである。

これらの事情を考慮すると、被告には、契約締結上の過失が認められるというべきである。

③ 東京地判平成31年1月30日(平成27年(ワ)第37227号)

【事案】
被告合同会社は、不動産流動化スキームとして締結された不動産管理処分信託契約に基づく信託受益権を取得した。そして、被告親会社との間で、本件信託受益権を売却する際には、同社の書面による同意を得た上で実施することを遵守することを約した。

被告親会社は、資金調達のため、被告合同会社が保有する本件信託受益権を売却するとともに、別件信託受益権のみを担保として融資を受け直すことを計画した。

被告親会社は、融資先銀行に対して上記計画に基づく20億円の融資を打診したところ、本件信託受益権の原告等への売却可能性を尋ねられたため、他の投資家が提示した18億5000万円を上回れば信用度の高い原告を優先する旨回答した。

原告は、平成27年11月20日、本件信託受益権に係る売買契約の仲介を行うこととなった融資先銀行を介して、被告親会社に対し、18億5500万円で本件信託受益権の購入を希望する旨を記載した東建投資顧問宛ての不動産購入申込書を提出した。

原告、被告親会社、東建投資顧問及び融資先銀行の各担当者は、平成27年11月25日、本件売買契約の交渉に係る面談を実施し、契約書への押印日及び決済日を同年12月22日と予定することなどを確認した。

被告親会社は、平成27年12月1日、融資先銀行から20億円の融資が難しい旨の連絡を受けたため、融資先銀行に対し、本件信託受益権の売却に同意ができない旨を伝え、本件売買契約の交渉は頓挫した。

【判旨】
原告は、融資先銀行担当者から、18億5000万円を超える価格を提示すれば必ず売却してもらえることが前提でなければ検討できないことを告げて売却の確実性を確認し、不動産購入申込書を被告親会社に提出した。

被告親会社は、融資と並行して行うことが必要であるとしながらも、原告を優先する旨を回答した。

しかし、被告らは、平成27年11月25日の面談において、原告に売渡証を交付できない理由は事務手続上の問題であると説明するのみで、並行して行う必要のある融資の問題であることをうかがわせるような説明を全くせず、かえって、契約締結日と決済日を同年12月22日に設定し、契約締結のための詳細を確認したものである。

こうした本件買付証の交付及び本件面談に至る経過、本件面談の内容及び売主側の態度等からすれば、平成27年11月25日の本件面談において、原告が、本件売買契約締結の重大な障害はもはやなく、あとは契約内容の細部の決定が残されるのみであると考え、本件売買契約が成立することについて強い信頼を抱くことには相当の理由があるというべきである。

なお、被告らは、本件交渉破棄の時期が契約締結予定日の直前ではないことも挙げるが、契約成立への信頼が生じる時期は事案によって異なるものというべきである。そして、本件においては、前記認定・説示したとおり、平成27年11月25日の本件面談の時点で契約成立への信頼が生じたと認められるから、本件交渉破棄が同年12月8日であったからといって、被告らが信頼を与えていないということはできない。

以上によれば、被告らは、被告合同会社については本件売買契約の契約予定当事者として、被告親会社については、原告との間で実際に交渉の全てを行っていた者として、契約準備段階における信義則上の注意義務として、原告の本件売買契約成立への信頼を故なく侵害することがないように行動すべき義務があったというべきである。

ところが、被告らは、平成27年12月1日以降、原告に告げることもなく、原告が優先したはずの本件投資家との間で買付額の増額交渉を開始し、21億円という買付証を得、同月8日、更に買付額を伸ばす方向で本件信託受益権の売却を進めることとして、本件交渉破棄をしたものであり、このような行動は、契約準備段階における信義則に反して、原告の信頼を侵害したものといわざるを得ない。

④ 東京地判平成26年12月18日(平成25年(ワ)第12111号)

【事案】
被告の妻であるGは、平成24年9月中旬頃、本件不動産を被告の相続対策に適した物件であるとして紹介された。被告は、平日の日中に不動産業者等と応対する時間をとることが容易でないことから、Gに一次的なやりとりを行わせて、交渉が具体化した段階から自ら折衝を行うようにしていた。

Gは、平成24年9月28日、Eに対し、本件不動産の隣地通路部分を通行できるのかなどと尋ねるとともに、通行の可否と境界承諾書の取得の有無の確認を依頼したが、その返答を得る前に、本件不動産についての購入交渉や融資を受ける上で必要な書類であるとの説明を受けて、被告において署名押印の上、提出するよう求められ、「不動産取纏め依頼書」を受け取り、平成24年10月1日、被告に本件不動産を合計2億2500万円で購入する意向である旨の記載のある本件依頼書に署名押印をしてもらい、これを交付した。

平成24年10月11日、GがEに対し、境界承諾書が得られているのか確認したところ、一部について得られていない旨の回答であり、Gが重ねて隣地通路部分を通行することに支障がないかの確認を求めたところ、隣地所有者からの境界承諾書は取得できていないなどとの回答がされたため、被告は、本件不動産の購入を見送る旨を伝えた。

【判旨】
被告及びGは、本件不動産の購入に関する交渉の当初から、隣地通路部分の通行の可否及び境界隣地所有者との紛争のおそれについての懸念を示し、Eを通じて原告に境界の明示及び通行についての承諾書の取得等の対応を求めていたもので、上記の点についての被告の懸念ないし不安が払拭されなかったことが契約締結に至らなかった最大の理由であったと認められる。

そして、上記のような被告の意向は、原告も被告の上記要望等を認識していたと認められるのであって、被告に契約締結に努めるべき信義則上の義務があったと認めることはできないというべきである。

新しいものを3つほど紹介させていただきましたが、これらの裁判例に限られず、「契約締結上の過失」が認められた裁判例は珍しくありません。

4.契約締結上の過失が認められるために必要な事実

上記裁判例等から、どのような場合に、「契約締結上の過失」を理由に、賠償責任が認められてしまうのかについて検討すると、次のようなことが言えるのではないかと考えています。
まず、不動産売買契約について、一定程度の条件が煮詰まっている必要があります。裁判例②は既に売買契約が成立した後の解除の問題ですし、裁判例③においては契約日時等についても決められていた事案です。
また、不動産売買契約にかかる交渉を破棄することになる条件について、当事者間で共有できていたかという点も問題となります。裁判例④は、当初から隣地通路部分の通行の可否等について買主が説明を求めるなどしており、売主がその点について正確な返答をしていなかったことを理由に、買主に対する責任を否定している一方で、裁判例③においては、契約の成立が確実かのように伝えていたことを理由に、交渉を破棄した側に責任を認めています。
他にも、契約締結予定日と契約交渉を破棄した日程の近接性等も問題になりますが、裁判例③においては、日程の近接性が認められない場合であっても、「契約締結上の過失」が肯定されることはあると判示しており、契約予定日から余裕のある日程であれば、契約交渉を破棄できるとまでは言えません。

5.契約締結上の過失に関する紛争を防ぐために

上記裁判例等を読んでいただくと、「契約締結上の過失」が認められてしまう事案が、極めて特殊な交渉経過を辿ったものとまでは言えないということは御理解いただけると思います。
契約交渉を破棄する側とすれば、「契約締結上の過失」を理由に賠償責任が認められてしまった場合、非常に無駄な支出を強いられることとなりますし、契約交渉を破棄された側としても、「契約締結上の過失」はあくまでも例外的な扱いであることを考えれば、必ず損害について賠償を得られるという訳ではありませんから、不動産売買契約の当事者としては、事後的に「契約締結上の過失」を問題とする紛争が生じることがないように努める必要があります。
上述したように、事後的に「契約締結上の過失」の問題が生じないようにするためには、契約締結にあたって問題となる点を当事者間でしっかりと共有しておく必要があります。
交渉の過程で多くの条件を付けることによって、当事者間の軋轢が生じ得る懸念も確かに考えられますが、契約の成否を左右するような重要な情報については、当事者間で正確に共有されているのが理想です。

6.まとめ

以上のとおり、不動産売買契約について、契約が成立していない段階で交渉を破棄した場合においても、「契約締結上の過失」を理由に、交渉を破棄した側に賠償責任が認められ得ることについて解説させていただきました。
まずは、このような問題が生じないように努めることが大前提ではありますが、契約交渉が破棄された場合には、どうしても法的な紛争が一定数生じてしまいます。
「契約締結上の過失」は著名な争点ではありますが、極めて専門性の高い法的な概念となりますので、御自身で判断するのではなく、一度専門家に相談するようにしていただければと思います。

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