賃貸借契約終了と、原状回復の範囲について

法律相談カテゴリー
B.賃貸借契約(仲介・賃貸管理・借地etc)
該当する業者タイプ
賃貸仲介・媒介 賃貸管理 不動産オーナー 

1 原状回復の原則について

原状回復義務が生ずるのは、賃貸借契約終了の場面です。
貸部屋を使用すれば、室内の床・壁・天井・建具・設備などには汚れや損傷が生じるのが通常です。
そこで、使用に伴う汚損・損傷や改装・修繕等に伴う変化に対し、借主はどのような措置を施して明け渡すべきかが原状回復の問題です。

原状回復の範囲について、2020年4月1日に施行された改正民法で新たに定めが置かれました。
すなわち、賃借人は、賃借物の通常損耗および経年変化、賃借人の責めに帰することが出来ない事由による損傷について原状回復義務を負わないことが明記されました(改正後民法621条)。

この規定は、賃借人の原状回復義務に関する判例法理(最判平17.12.16)や一般的な原状回復の原則を明文化したものであり、今回の民法改正によって原状回復義務の実務の運用が大きく変化するというものではありません。
したがって、①通常損耗は賃貸人負担、②通常損耗を超える汚損や損傷は賃借人負担、③賃借人負担となる修理、交換の範囲と負担割合には合理性が必要、との従来の原状回復に関する原則は、民法改正以降も妥当するものといえるでしょう。

2 特約について

⑴ 通常損耗補修特約

通常損耗の補修(修理・交換)は賃貸人負担が原則ですが、賃借人負担とする特約が定められる場合があります。
ただし、契約自由の原則の下では、これを賃借人負担とする特約、すなわち通常損耗補修特約が設けられることがあります。この特約も、原則としては有効です。

もっとも、通常損耗補修特約に関しては、判例で独特の表現で一定の制限がかけられており、「少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その特約(通常損耗補修特約)が明確に合意されていることが必要である」としました(最判平17.12.16)。

したがって、単に「賃借人は原状回復を行う」「賃借人は原状に復旧する」などの表現があるだけでは、単に原状回復の原則論を確認したものと理解され、通常損耗補修特約の定めと読むことはできません。
特約が予定する原状回復に、通常損耗の補修まで含むことを明記しているかどうかが重要であるということになります。
なお、賃借人が法人ではない場合には、消費者契約法10条により特約が無効とされる可能性もあり、特約の効果については留意を要します。

⑵ 敷引特約

敷金とは、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に交付する金銭です(改正民法622条の2)。
敷金は返還されるのが原則ですが、賃貸借契約には、契約終了時に賃貸借契約に際して賃借人に差し入れさせた敷金のうち、一定額を控除し、賃貸人が取得できるとする条項(いわゆる「敷引特約」)が付されることがあります。
判例(最判平23.3.24)は、「契約当事者にその趣旨について別異に解すべき合意等が無い限り、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきである」としています。

そのうえで、「建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額にすぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情がない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害する者であって、消費者契約法10条により無効となる。」としています。
このように、判例は、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含む敷引特約について、消費者契約法10条により一律に無効とするのではなく、敷引金の額の相当性を考慮して判断しているといえます。

⑶ 専門業者ハウスクリーニング特約

原状回復の内容として、専門業者によるハウスクリーニングを賃借人負担で行うことを義務付けた特約(専門業者ハウスクリーニング特約)は多くの裁判例で有効とされています。

3 行政による指針

⑴ 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン

国土交通省は、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を取りまとめています。
これは、賃貸住居退去時の原状回復をめぐるトラブルの未然防止を目的として、賃貸住宅標準契約書の考え方、裁判例及び取引実務等を考慮して原状回復の費用負担の在り方の一般的な基準を公表したものです。

原状回復ガイドラインは「使用を強制するものではなく、(中略)具体的な事案ごとに必要に応じて利用されることが望ましい」とされていますが、裁判所もその判断の中で、原状回復ガイドラインに言及したり、依拠したりするものもあり、原状回復を取り扱う際の意思解釈の指針として機能しています。

⑵ 東京ルール

賃貸住宅の原状回復の問題は、地域住民がしばしば直面する問題であるため、一部の自治体では独自の取り組みがなされています。
東京都では、「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例(賃貸住宅紛争防止条例、いわゆる「東京ルール」)が定められてました(平成16年10月1日施行)。
内容を一部紹介しますと、東京ルールは宅建業者に対して、賃借人に書面を交付し、退去時の原状回復と入居中の修繕について、費用負担の伴う法律上の原則や判例により定着した考え方などの説明を行うことを義務付けています。

4 事業用賃貸借の原状回復

事務所や店舗などの事業用賃貸借は、使用目的、建物の状態や引渡し時の状況、使用方法、使用期間など多くの点において居住用賃貸借と異なっています。
事業用賃貸借の特殊な取り扱い例としては、スケルトン貸しがあります。
スケルトン貸し、スケルトン状態で返還することに関する特約があり、スケルトン状態で引き渡されている場合には、賃借人はスケルトン状態にまで戻すという原状回復を行った上で明渡しをしなければなりません(東京地判平17.10.21、東京地判平23.6.3)。

一方で、スケルトン貸しの約定がなければ、賃借人はスケルトンにして明け渡す義務を負わず(東京地判平22.2.23)、また逆にスケルトン状態で明け渡しを行っただけでは賃借人の義務を果たしたとはいえません(東京地判平23.6.16)。
このように、事業用賃貸借はその目的や使用方法が多種多様であり、貸室を使用して事業を行うにあたって、事業の必要に応じて造作、間仕切り、設備を備える必要がある点などにおいて居住用賃貸借とは相当異なっています。

したがって、個別事案の解決にあたっては、実際上居住用賃貸借とは異なる取り扱いをせざるを得ません。
また、事業者間契約であれば消費者契約法の適用はなく、通常損耗補修特約についても有効性が肯定される場面が多いといえます。
以上の通り、事業用賃貸借の場合には、居住用賃貸借とは異なる取り扱いをされる場合も想定され、契約書の記載の内容がそのまま権利関係に直結する可能性があるため、特に重要であるといえるでしょう。

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