賃貸借契約を結ぶ場合の注意点

法律相談カテゴリー
B.賃貸借契約(仲介・賃貸管理・借地etc)
該当する業者タイプ
賃貸仲介・媒介 賃貸管理 不動産オーナー 

1 賃貸借契約の成立

⑴ 賃貸借契約書の要否

契約のうち、成立の場面で書面を要することなく、口頭であっても申込みと承諾の意思の合致で成立するものを諾成契約(だくせいけいやく)といいます。
民法上、賃貸借契約について定めた条文には「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引き渡しを受けた者を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる」(民法601条)と規定されています。
この規定を読めば、賃貸借契約は貸主と借主との間で申込みと承諾の合致があれば成立する諾成契約であって、賃貸借契約の成立に賃貸借契約書は必要とされていないことがわかります。

しかし、賃貸借契約が諾成契約として民法上定められているからといって、賃貸借契約書が作成されていない状態で賃貸借契約に係る申込みと承諾があったと裁判所が事後的に認めるかどうかは別問題です。
不動産取引実務において、当事者は通常、賃貸借契約書を作成することによって賃貸借契約を成立させるとの意思を有していますので、賃貸借契約の成立を認めるにあたっては、その前提として、賃貸借契約書が作成されていることが重要な事実になります。
特に店舗や事務所など、営業目的での賃貸借契約の場合には、詳細な契約条件がありうるところですので、その内容を明確にすべく契約書を作成するのが通常です。

したがって、書面を作成しないとの特段の合意や事情があればともかく、そうでない場合には、契約内容を確認したうえで押印した時点で契約成立とみなしうるケースも多いと考えられます。
ただし、契約締結に向けて貸主・借主の両当事者が交渉を重ねている場合において、これが破棄された場合には、交渉の成熟度に応じて後述の「契約締結交渉の不当破棄」が問題とされる場合があります。

⑵ 賃貸借契約の成立と宅建業法37条書面

賃貸借契約実務においては、仲介業者・代理業者として宅地建物取引業者が関与する取引が多いといえます。
宅地建物取引業者が宅地建物の賃貸借契約に仲介業者・代理業者として関与する場合には、宅建業法37条に定められた事項を記載した書面を契約の当事者に交付しなければならないとされています(宅建業法37条2項)。
この書面を、いわゆる37条書面と呼びます。

37条書面に記載しなければならない事項は、①当事者の氏名及び住所、②当該宅地建物を特定するために必要な表示、③宅地建物の引渡しの時期、④契約の解除に関する定めがあるときはその内容、⑤損害賠償の予定又は違約金の定めがあるときはその内容、⑥借賃の額ならびにその支払いの時期及び方法、⑦借賃以外の金銭の授受に関する定めがあるときは、その額ならびに当該金銭の授受の時期及び目的です。
37条書面は、契約締結時に宅地建物取引業者が交付しなければならないとされているものです。

実務的には、賃貸借契約書に宅建業法37条2項所定の事項を記載したうえで、賃貸人と賃借人の双方が押印した上で、この賃貸借契約書を37条書面として当事者に交付する取り扱いとなっています。
したがって、このような実務的な流れからすると、宅地建物取引業者が関与する取引では、賃貸借契約書への貸主と借主の押印した時期が賃貸借契約成立の時期であるとされているといえます。

2 契約締結交渉の不当破棄

契約の成立時期については上記の通りですが、契約交渉過程であっても、相手方に契約の成立に対する強い信頼を与え、その結果相手が費用の支出等をしている場合に、その信頼を裏切って契約交渉を打ち切った当事者は、相手が被った損害を賠償する責任を負うとされています(最判昭59.9.18)。

これは、講学上「契約締結上の過失」という概念で整理されている法理であり、契約交渉の不当破棄は、契約準備段階における信義則上の注意義務違反として損害賠償責任の問題となります。
裁判例上、貸主側が契約交渉を一方的に打ち切ったために貸主に損害賠償責任を認めたもの(大阪地判平5.6.18、東京高判平14.3.13等)も、借主側が契約交渉を一方的に打ち切ったために借主に損害賠償責任を認めたもの(最判平19.2.27等)もある。

契約交渉の不当破棄に該当するか否かは、破棄に至る事情によるため、訴訟の場面などでは丁寧に事実を積み上げる必要があります。
紛争を予防するという観点からは、契約締結交渉が長期化するテナント契約などに関しては、一定の交渉段階に入ったところで、交渉打切り条件を書面化するなどの工夫も有効でしょう。

3 賃貸人の説明義務

賃貸借契約の場合でも、売買契約の場合と同様、賃借人が賃貸借契約の対象となる宅地建物に関する情報を十分に理解していないと後になってから不測の損害を被ることがあります。
契約を締結するか否かを相手方意思決定するにあたって必要な判断材料については、信義則上の情報提供義務があり、情報提供がなされなかったことによって賃貸借契約を締結してしまい、これによって被った損害は損害賠償請求の対象になると考えられます。

たとえば、地下鉄サリン事件直後の時期において、報道関係者からオウム真理教のアジトと目されていた建物の賃貸借契約において、このことを貸主が認識しながら借主となろうとする者に説明しなかったケースでは、仲介業者を通じてオウム真理教の信徒が前の賃借人であったことを告知していただけでは、信義則上の義務を尽くしたことにはならないと判断されました(東京地判平8.12.19)。
単に信徒が前の賃借人であったことと、教団のアジトと目される建物であることは質的に異なる事実なので、裁判所はこのような判断をしたものと思います。

また、別の事例で、テナントの賃貸借契約の場合には、どの程度の収益をあげることができるのかは、本来的には賃借人側の営業力の問題ではありますが、複合施設のような場合には、複合施設の運営者である貸主しか知りえない情報もあります。そして、その情報が借主の事業や収支予測に大きな影響を及ぼす場合には、信義則上の説明義務があると認められる場合があります(大阪地判平20.3.18)。
具体的なこれらの事例のほかにも、賃貸借契約を締結するか否かを判断するにあたって重要な情報については、賃貸人には信義則上の説明義務があると考えておくべきでしょう。
実務的には、媒介業務を行う仲介業者が行う説明が重要であり、仲介業者も情報を知りながら説明しなかった場合には、別途独自に責任を追う可能性があることにも注意が必要です。

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