賃料滞納者への明渡請求のポイントと注意点

法律相談カテゴリー
B.賃貸借契約(仲介・賃貸管理・借地etc)
該当する業者タイプ
賃貸仲介・媒介 賃貸管理 不動産オーナー 

1 賃料滞納と契約解除

⑴ 賃料滞納の期間と解除の可否

家賃滞納は、借主の債務不履行となります。
一般的な契約の場合には、相手方に債務不履行があれば契約を解除することができるのが通常です。
しかしながら、賃貸借契約は継続的な契約関係であることから、判例(最判昭28.9.25など)上、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には契約の解除が認められないとされています(いわゆる「信頼関係不破壊の法理」)。
賃料滞納の場面についてみても、賃料支払日から1日でも遅れれば直ちに解除できるという考え方は採用されていません。
賃貸借契約における信頼関係とは、「賃貸人と賃借人とが、感情的にうまく協調できる関係というような意味での個人的主観的な信頼関係をいうのではなく、賃借人が対価を支払って、賃貸借の目的物を利用するという有償の契約関係において、賃貸人として、あるいは賃借人として、社会的見地から信義に従い誠実に行動することを相互に期待されているという関係を意味すると解すべきである」とされています(東京地判平21.8.28)。
したがって、このような賃貸借契約における信頼関係の最も重要な指標は、賃料滞納の期間であり、一般に、3か月分程度の賃料不払いがあれば、信頼関係の破壊が認められる場合が多いといえます。
また、賃料不払いのような典型的な債務不履行の場合には、「背信的行為と認めるに足りない特段の事情」の存在は、賃借人側で主張・立証すべきであるとされています(最判昭41.1.27)。

⑵ 催告の必要性と無催告解除特約について

⑴ 債務不履行に基づく契約解除をするためには、債務者に債務不履行状態を是正する機会を与えるべく、原則として解除前にあらかじめ催告をしなければなりません。
10年近くの長期に亘り賃料を支払わないような義務違反が重大であって是正の機会を与える必要がないような場合(最判昭49.4.26参照)には、無催告解除が肯定される余地はありますが、基本的には、解除に先立ち催告するのが原則であると考えておくべきです。

⑵ このように、賃貸借契約を債務不履行解除する場合には催告を要するのが原則ですが、契約締結時に、催告をせずに契約を解除することができるという特約(無催告解除特約)が付される場合があります。
原則として無催告解除特約も有効と解されていますが、特に、1か月分の賃料の支払いがなければ直ちに無催告解除できるという特約(1か月分賃料不払無催告解除特約)の場合には、これを文言通り理解すれば、賃料支払日から1日でも遅れれば無催告解除できることになってしまいますが、これは常識的にみて不適切です。
この無催告解除特約に関して判例は、原則としてその有効性を認めつつも「契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当」と判断する判例があり(最判昭43.11.21)、このように限定的に有効とする考えかたが一般的です。

2 賃料滞納から強制的な明け渡しまでの流れと手続の概要

⑴ 任意交渉・即決和解

ア 任意交渉
賃料滞納の場合の解決方法には手続的なステップがありえます。
交渉によって退去しない場合には、通常訴訟を検討することになりますが、訴訟のデメリットは手続の中で一番時間がかかる可能性が高いことであるといえます。
したがって、物件の特殊性が強い、地域的に需要が少ないなど、次の借り手がなかなか決まらないような物件は例外として、原則としては交渉による解決を試みたうえで、これがうまくいかない場合には訴訟を検討するという流れになります。
長期の賃料滞納事案の場合には、弁護士から連帯保証人に対して連絡を入れることも行っています。
このような事案の場合、借主の退去が遅れれば遅れるほど、連帯保証人の債務も膨れ上がるため、「1日も早く退去させる」という点につき、貸主と連帯保証人の利害は一致します。
そして、連帯保証人は通常、賃借人と近い立場にいるものであるため、連帯保証人からも賃借人の退去を後押ししてもらう事ができる場合があります。
他方、連帯保証人として家賃保証会社を利用している場合には、家賃保証会社の経営が健全であれば、滞納賃料は家賃保証会社から支払われ、賃借人の退去については家賃保証会社が積極的に動くことが通常です。この場合に貸主としては、家賃保証の内容と範囲を確認しておく必要があります。
無催告解除特約があったとしても、催告としての通知を速やかに入れて、これに対する賃借人側の態度を見る場合が多いといえます。
交渉が決裂して、結果的に訴訟提起に至る可能性も考慮に入れたうえで、交渉はスピード感をもって進めることが重要でしょう。

イ 即決和解
訴訟外で賃借人と交渉して合意に至った場合には、即決和解を利用する場合と、訴訟外での合意締結にとどめる場合があり、ケースバイケースで検討しています。
即決和解の調書は債務名義となるため、これがあれば、賃借人が合意を履行しなかった場合に別途訴訟提起等の手段を講じる必要はなくなります。
しかし、即決和解の問題として期日設定が困難であるという点があり、場合によっては2か月以上かかってしまう場合もあります。
したがって、明渡を相当長期間(3か月以上)猶予するような特殊な合意締結されたようなケースでなければ、即決和解を申し立てる実益はあまりない一方で、猶予期間が長いのであれば、即決和解を経ておくことに合理性が認められます。

⑵ 明渡断行仮処分

訴訟を利用する場合には、時間がかかりすぎる可能性があるというデメリットがあります。裁判所を利用しつつ、このデメリットを回避する手段としてこの仮処分が考えられます。
この断行仮処分の期日は、申立日の10日前後で設定され、さらに期日を重ねる必要がある場合でも、1週間に2度、3度と期日が設定されることもある点で、訴訟よりも早い展開が期待できる。
もっとも、このように訴訟前に申立人の要望が満足するような類型の仮処分に対して非常に慎重な姿勢をとる裁判官もおり、申立時の保全の必要性として、単に「明渡しを得るまでの間の賃料相当損害金の回収が不能となる可能性が高い」程度では不十分とされる場合が多いといえます。この手続をとる場合には、一般に、具体的な事情を踏まえつつ、借主の占有を長期間許すことが出来ない事情を示す必要があるといえます。

⑶ 訴訟

賃料滞納を理由に賃貸借契約を解除し、訴訟により明渡しを求める類型の訴訟では、被告である賃借人が事実関係(滞納の事実)を争うことは稀です。
被告が出頭せず、答弁書も出してこないような場合であれば、裁判期日は1回だけで結審することも珍しくありません。
被告が出頭してきた場合には、和解協議によって具体的な退去の条件を詰めることが多いといえます。

⑷ 訴訟後の強制執行(明渡しの断行)

判決取得後や和解成立後においても賃借人が任意に退去しない場合には、明渡しの断行を行うことになります。
この場合、①室内に残置された動産を、執行補助業者が搬出・運搬し、②無価値の動産は廃棄し、③経済的に価値のある動産は一定期間保管し、④鍵を交換する必要があります。
そのそれぞれについて、一定の費用が掛かるため、この点は貸主としても念頭に置いておくべきです。
①の人件費について、金額には幅がありますが、居住者2~3名程度で、動産の量が一般的な場合には、30万~50万円程度が大まかな相場といえますが、地域性や業者によっても変動しえます。
また、②の廃棄費用は、廃棄物の量や種類によっても大きく変動します。
③の保管費用として、荷物の量が少ない場合には、一般的なトランクルームに2~3週間保管することになりますので、その費用がかかります。
④執行補助業者から鍵の交換を依頼するか尋ねられることもありますが、賃貸人が自ら業者を選定してもかまいません。通常は、断行後に再び占有されないように、速やかに鍵を交換するよう勧めています。

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