建物の建築の際に、近隣住民とトラブルが生じることがあります。工事中のものとしては、騒音・振動トラブルがその最たるものと言えますし、建物自体に起因するものとして、日照トラブルや眺望トラブルがあります。
これらのトラブルについては、別個のページで解説させていただきますので、このページにおいては、その他に生じ得る近隣住民との間のトラブルについて解説させていただきます。
具体的には、境界線との距離制限に関するトラブルと、目隠しの設置等に関するトラブルについて解説させていただきます。
なお、境界の越境や境界自体を確定する必要がある場合については、こちらのページを御確認ください。
目次
上述したように、境界線自体が争点となっている事案は、別のページで詳細に解説するようにします。
境界線について問題となっていないにもかかわらず、トラブルが発生する事態としてありがちなのが、境界線ギリギリに建物を建設しようとする場合です。境界線を越えてさえいなければ、好きに建物を建設できるという訳ではありません。
(境界線付近の建築の制限)
第234条
1項 建物を築造するには、境界線から五十センチメートル以上の距離を保たなければならない。
2項 前項の規定に違反して建築をしようとする者があるときは、隣地の所有者は、その建築を中止させ、又は変更させることができる。ただし、建築に着手した時から一年を経過し、又はその建物が完成した後は、損害賠償の請求のみをすることができる。
(境界線付近の建築に関する慣習)
第236条
前2条の規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従う。
(境界線付近の掘削の制限)
第237条
1項 井戸、用水だめ、下水だめ又は肥料だめを掘るには境界線から2メートル以上、池、穴蔵又はし尿だめを掘るには境界線から1メートル以上の距離を保たなければならない。
2項 導水管を埋め、又は溝若しくは堀を掘るには、境界線からその深さの2分の1以上の距離を保たなければならない。ただし、1メートルを超えることを要しない。
(境界線付近の掘削に関する注意義務)
第238条
境界線の付近において前条の工事をするときは、土砂の崩壊又は水若しくは汚液の漏出を防ぐため必要な注意をしなければならない。
以上のとおり、民法が境界線内の土地であっても、その土地の使用方法について制限を課しているのです。
もっとも基本的な内容が、法第234条1項が定めるもので、建物の建築にあたっては、境界線から50cm離す必要がある旨を定めています。
なお、この50cmの計測は、屋根等の境界線に最も近い建物の一部を始点とするのではなく、建物の外壁を始点として行うものとされていることに注意してください(東京高等裁判所昭和58年2月7日判決 判例タイムズ495号110頁)。
ちなみに、法第236条は、慣習が存在する場合には、慣習に従えば足りる旨が定められており、繁華街等において、50cmの距離制限を確保する必要がない慣習の存在を認めた裁判例もありますが(例えば、東京高等裁判所昭和54年1月7日判決 判例タイムズ383号107頁)、そのような慣習は認められないとして直ちに否定されるケースもありますから(大阪高等裁判所平成10年1月30日 判例時報1651号89頁)、民法上の50cmという定めは遵守ずることを前提にしておいた方が無難だと言えます。
民法は50cmの距離を確保することを求めていますが、この距離制限を遵守していれば足りる訳ではありません。建物や場所によっては、これ以上の距離制限が課されている場合もあるのです。
(第一種低層住居専用地域等内における外壁の後退距離)
第54条
1項 第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域又は田園住居地域内においては、建築物の外壁又はこれに代わる柱の面から敷地境界線までの距離…は、当該地域に関する都市計画において外壁の後退距離の限度が定められた場合においては、政令で定める場合を除き、当該限度以上でなければならない。
2項 前項の都市計画において外壁の後退距離の限度を定める場合においては、その限度は、1.5メートル又は1メートルとする。
(隣地境界線に接する外壁)
第63条
防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる。
その典型例が、建築基準法第54条です。この規程によれば、都市計画によって外壁の後退距離を1.5メートル又は1メートルと定めることが可能であるものとされていますから、民法の2・3倍の距離を確保しなければなりません。
一方で、同法第63条は、逆に外壁の後退距離が不要である場合を定めています。このような場合には、民法が定める50cmの距離を確保する必要もない訳です。
距離制限については、建物と境界線との距離に関するものですから、客観的に当該制限に違反しているかどうかを判断することは可能であり、協議の余地はないようにも思えます。しかしながら、事前に対象となる隣人と交渉することで、この制限を回避することは可能です。
まず、民法第234条は、近隣住民間の紛争を回避するために設けられた一般的なルールです。ですから、近隣住民同士で、民法第234条とは異なる内容の約束をすることは否定されていません。
事前に、50cmの距離制限に反する建築物について同意を得ておくことで、境界線により近づいた位置に外壁を設けることも可能となります。
また、このような事前の交渉を行わなかったこと自体によって、不法行為が成立する場合もあります。上述した大阪高裁の事案においては、「相隣関係における円満を保持するために右提示に対して真摯に耳を傾け、自らの建築計画と相手方の建築計画を対比検討の上場合によっては互譲の精神に基づき自らの案を再度修正、検討するなど、誠実かつ柔軟に協議に応じることによって、隣接土地所有者の不安を除去し、相隣関係における円満を保持すべき義務があると解するのが相当である。」と判示されており、慰謝料も50万円という金額が認容されています。
境界線に関するトラブルは、対象となる隣人が特定されている訳ですから、その方との事前の交渉については、十分に尽くしておくべきものと言えます。
建物自体を建設することは、境界線から50cmを確保すれば可能そうです。一方で、50cmというのは比較的短い距離と言えます。
このような至近距離に建物を建設する場合において、民法は目隠しの設置を求めることができる旨を定めています。これが冒頭で紹介した際には省略した、民法第235条です。
第235条
1項 境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む。次項において同じ。)を設ける者は、目隠しを付けなければならない。
2項 前項の距離は、窓又は縁側の最も隣地に近い点から垂直線によって境界線に至るまでを測定して算出する。
この条文は、隣人のプライバシーを保護するためのものですから、単に外壁が接している場合には適用されず、窓やベランダ等、隣人の家を見通すことができる設備からの距離が問題となります。
また、実際には、その窓から外部を見通すことは予定されておらず、単に風通しを良くするためだけに設置した窓であっても、実際にその窓を通して外部を見渡すことが可能な場合には、目隠しを設置する義務が生じます。
民法の条文自体は比較的単純に定められていますが、「見通すことのできる窓」なのかどうかについては、実際に設置された窓の場所や向きや大きさ等、様々な要素を考慮して検討することになります。
また、窓から隣人の住宅を確認することができても、問題となっている窓から見える住宅の場所が、隣人のプライバシーに関しない部分でしかない場合にも、目隠しを設置する必要性は否定されることになります。
目隠しの設置義務の有無については、非常に難しい判断が求められることになるのです。
例えば、東京地方裁判所平成5年3月5日判決(判例タイムズ844号178頁)は、「本件小窓及び三階に設置されたベランダについては、通常の状態で原告宅地内を眺望しうるものではない…さらに、二階ベランダと本件引戸窓のうち(6)、(12)及び(15)を除く窓については…民法235条にいう「他人の宅地を観望すべき窓」に該当しないといわざるを得ない。しかしながら、本件引戸窓のうち(1)、(7)及び(12)の各窓及び二階ベランダからは原告宅地内の一部を…それぞれ眺望しうるものである。」として、各小窓毎に、目隠し設置の有無を検討しています。
したがって、窓の設置場所等の工夫によって、目隠しを設置することなく、境界線に近い場所の建物を建設すること自体は可能となります。
また、目隠しの設置が必要だと判断された場合であっても、「目隠し」としてどのような設備を設けるのかについても検討する必要があります。民法は設置すべき目隠しの内容を一律に定めている訳ではないからです。
この点、先程の、平成5年東京地判は、「本件引戸窓は、いずれも曇り硝子がはめこまれていて締め切った状態では硝子を通して外部を見ることができないものの、右各窓はいわゆるはめ殺し窓ではなく、換気のため等の理由で開けることを日常的に予定されているものと考えられる」として、曇り硝子をはめこんだだけでは目隠しとして不十分だと判示しています。
恒常的に見通すことが不可能な設備が求められていると言えます。
一方で、窓等からの展望を完全に塞ぐことが求められている訳では無く、あくまでも隣人のプライバシーが保護されればいい訳ですから、窓等からの展望の一部を塞げば十分な場合もあります。例えば、バルコニーの床面から2mの高さの目隠しがあれば、それ以上の場所の目隠しは不要である旨を判示した裁判例も存在します(東京地方裁判所平成19年6月18日判決 判例タイムズ1256号113頁)。
以上のとおり、境界線自体が争点となっておらず、境界線の越境も認められない場合であっても、敷地内であれば何をしてもいいという訳では無く、各規制が存在します。
一方で、境界線からの距離制限や、目隠しの設置等については、トラブルになる対象者が限定されているものといえ、当該対象者と事前に協議することによって、そのトラブルのリスクは大幅に低下させることができますし、眺望や日照等の問題と比較すれば、目隠しの設置方法などについて、工夫できることが多い内容といえるでしょう。
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