不動産仲介業者の主な収入源は、仲介手数料です。仲介業者は、不動産売買契約の成立に向けて尽力し、売買契約が成立した場合に仲介手数料を請求することができます。
売主または買主から手付解除があったとしても、売買契約成立後の事情ですので、原則として仲介手数料の請求は可能であるといえますが、「全額」を請求できるとは限りません。しかし、一定の場合には手付解除が制限されますので、そのような場合は全額の仲介手数料を請求することができます。
今回は、手付解除と仲介手数料との関係や手付解除が制限される具体的なケースについて、わかりやすく解説します。
目次
手付とは、売買契約の締結の際に、当事者の一方から相手方に対して交付される金銭をいいます。取引実務においては、売買契約締結時に買主が売主に対して手付を交付し、交付された手付は決済期日に売買代金の一部に充当する旨が売買契約書で定められています。
このような手付には、さまざまな性質がありますが、その一つが解約手付としての性質です。解約手付とは、売買契約の解除権を留保する効力を付与した手付のことをいい、別段の定めのない限り、契約時に交付された手付は解約手付であると解されます。
手付の授受があった場合、買主は、売主に交付した手付を放棄することで契約を解除することができ(手付流し)、売主は、買主から受領した手付の倍額を現実に提供することで契約を解除することができます(手付倍返し)。
不動産仲介業者は、売主または買主からの依頼に基づいて不動産の仲介を行い、売買契約が成立した場合に仲介手数料を請求することができます。
買主または売主から手付解除があった場合、売買契約は白紙に戻ることになりますので、仲介業者としては仲介手数料を請求できなくなるようにも思えます。しかし、手付解除は、売買契約が成立した「後」の事情によるものですので、仲介行為によりすでに売買契約が成立している以上、原則として仲介手数料を請求できると考えられています。
しかし、手付解除がなされた場合、所定の仲介手数料の全額を請求できるとは限りません。実際の裁判例でも手付解除がなされた事案で約1600万円の仲介手数料のうち1000万円だけ請求できると判断したものも存在します(福岡高裁那覇支部平成15年12月25日判決)。
このように手付解除がなされると不動産仲介業者には、仲介手数料の減額という不利益が生じてしまいます。
履行の着手とは、債務の内容である給付の実行に着手することをいいます。すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部を行い、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をすることをいいます。
取引の相手方が契約の履行に着手した後にまで、無条件で契約の解除を認めてしまうと、契約の履行に多くの期待を寄せていた相手方に不測の損害を及ぼすことになります。そこで、法律上、履行の着手があった場合には、手付解除が制限されることになっています(民法557条)。
履行の着手があったかどうかは、以下のような要素を踏まえて総合的に判断されます。
なお、契約の相手方が履行に着手していなければ、自らが契約の履行に着手していたとしても手付解除をすることができます。
手付解除における「履行の着手」の判断基準がわかったところで、次はどのようなケースで手付解除が制限されるかをみていきましょう。
①売買物件の賃貸借契約の解消|肯定
賃貸物件を売買する場合、買主に所有権を移転するときまでに、賃借権などの負担を消除する旨の条項が設けられることがあります。
このようなケースにおいて、売主が賃貸借契約の解消に向けて、明渡・立退料支払い合意、残地物件等買取合意などを行った場合には、履行の着手があった判断された事例があります(東京地裁平成21年10月16日判決)。
②売買物件の境界画定作業|肯定
土地の売買においては、買主に所有権を引き渡すときまでに、売主の負担で隣接地との境界を確定する旨の条項が設けられることがあります。
このようなケースにおいて、売主が道路を含む隣接土地の境界を確定する作業を行った場合には、履行の着手があったと判断された事例があります(東京地裁平成21年9月25日判決)。
③売買物件の抵当権の抹消|肯定
売買物件に抵当権が設定されている場合、所有権移転登記申請時までに売主の費用と負担で抵当権を抹消し、完全な所有権を引き渡す旨の条項が定められることがあります。
このようなケースにおいて、売主が不動産に設定された抵当権を消滅させるために、借入金の全額を返済した行為は、履行のために不可欠な行為といえることから履行の着手があったと判断された事例があります。(東京地裁平成21年11月12日判決)。
④売買物件の鍵の交付|肯定・否定
売主が売買の目的物を買主に引き渡すことは履行行為に該当します。
売主が買主に対して売買物件の鍵を交付し、自由に建物に出入りできる状態にした場合、売買契約に基づく債務の履行の一部があったとして、履行の着手が認められた事例があります(東京高裁平成20年9月25日判決)。
他方、売主(宅建業者)が売買契約締結当日に買主(宅建業者)の販売活動の便宜をはかるため、買主に鍵を交付した行為は、履行の着手にはあたらないと判断した事例もあります(東京地裁平成20年6月20日判決)。
⑤売買物件の司法書士への登記手続きの委任|否定
売主が売買契約の履行期日の3日前に行った司法書士への登記手続きの委任や委任状の交付は、売買契約の履行の提供のための準備行為に過ぎず、履行の着手には該当しないと判断した事例があります(東京地裁平成17年1月27日判決)。
⑥金融機関への融資の申込み|否定
金融機関に融資の申し込みを行い、内諾を得ただけでは、何らの費用負担も生じませんので、売買契約が解除されたとしても、不測の損害を被ることはないという理由で、金融機関への融資の申し込みは履行の着手にはあたらないと判断した事例があります(東京地裁平成20年7月31日判決)。
手付に関する民法557条は任意規定ですので、当事者間でこれと異なる合意をすることも可能です。しかし、宅建業法では、宅建業者が自ら売主となって宅地建物の売買をする場合、手付に関する特約について、以下のような強行規定を設けていますので注意が必要です。
すなわち、売買契約の特約で「この手付は証約手付とし、買主は手付解除ができない」という特約を設けたとしても無効になります。
手付に関する民法557条は任意規定ですので、手付解除の期限を特約で設けることも可能です。特に中古住宅の売買では、手付解除の期限に関する特約が設けられることがあり、特約で定められた期限が経過すると、買主は手付解除ができなくなります。
ただし、売主が宅建業者である売買では、宅建業法39条が適用されますので、売主が履行に着手していないにもかかわらず、期限の経過をもって当然に手付解除ができないとなると、買主が契約関係から離脱する機会を奪うことになります。これは、買主に不利な特約となりますので、宅建業法39条2項に反して無効となります。
このように宅建業者が売主となって売買契約をする場合、手付に関する特約について一定の制限がありますので注意が必要です。
手付解除が認められるかどうかによって、不動産仲介業者が請求できる仲介手数料の金額が大きく変わってきます。契約の相手方が履行に着手した後は、手付解除が制限されますが、履行の着手があったかどうかは法的観点からの検討が必要となりますので、専門的な知識や経験がなければ正確に判断することは困難です。
弁護士であれば、履行の着手があったかどうかを正確に判断することができますので、弁護士のアドバイスに基づいて行動することで適切な仲介手数料を確保することができるでしょう。
手付解除が認められない場合は、契約で定められた所定の仲介手数料を請求していくことになります。しかし、相手が手付解除ができないことに納得していないと仲介手数料の支払いに応じてくれないこともあります。
そのような場合には、弁護士に依頼するのがおすすめです。弁護士であれば仲介業者の代理人として相手方との交渉を行うことができます。弁護士が窓口となって交渉することで、相手も支払いに応じてくれる可能性が高くなりますので、任意の交渉での解決が期待できます。
手付解除があったとしても、不動産仲介業者は仲介手数料を請求することができますが、全額を請求できるとは限りません。そのため、手付解除が認められるかどうかは、所定の仲介手数料の確保ができるかどうかに関わる重要な問題ですので、しっかりと対処する必要があります。しかし、手付解除の可否の判断は、法的知識や経験が不可欠となりますので、まずは弁護士に相談するようにしましょう。
不動産業に詳しい弁護士をお探しの方は、ダーウィン法律事務所までお気軽にご相談ください。
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