賃借人が供託した賃料の還付を受ける手続きと注意点を解説

賃借人が供託した賃料の還付を受ける手続きと注意点を解説

賃貸借契約が長く続くと、賃料が当初の金額では不相当な金額になることがあります。このような場合、賃貸人は、賃借人に対して賃料増額請求をすることができます。
しかし、賃借人側は、増額後の賃料の支払いに応じず、当初の金額でしか支払いをしてくれないことがあります。このように増額後の賃料の金額で争いが生じると賃借人側は、賃料の供託を行うことがありますが、それに対して賃貸人はどのように対応していけばよいのでしょうか。
今回は、賃借人が供託した賃料の還付を受ける手続きとその際の注意点について、不動産問題に詳しい弁護士が解説します。

賃料増額

1、賃料の供託とは?


弁護士
荒川 香遥
賃料の供託とは、どのような手続きなのでしょうか。以下では、賃料の供託に関する基本事項をみていきましょう。

(1)供託とは

供託とは、金銭や有価証券などを国の機関である供託所に提出し、その管理を委ね、最終的に供託所が債権者にその財産を取得させることにより、一定の法律上の効果を達成することができる制度です。
供託には、以下の5つの種類があります。

①弁済供託

弁済供託とは、債務者が何らかの事情により債務の履行ができない場合において、債務の目的物を供託所に供託することで債務を免れることができる方法です。たとえば、賃借人が家賃を支払おうとしたところ、賃借人に受け取りを拒否されたときは、賃料を供託することで支払い債務を免れることができます。

②担保保証供託

担保保証供託とは、担保の提供のために行われる供託で、「営業保証供託」、「裁判上の担保供託」、「税法上の担保供託」などがあります。

③執行供託

執行供託とは、金銭債権について裁判所から差押命令の送達を受けた場合において、第三債務者が債権全額を供託することをいいます。たとえば、給与債権の差押命令の送達を受けた会社が、給与債権相当額を供託する場合です。

④保管供託

保管供託とは、目的物の散逸を防止するために供託物の保管や保全を目的として行われる供託をいいます。たとえば、業績が悪化して資産状態が不良になった銀行が監督官庁に命じられて財産の供託をする場合がこれにあたります。

⑤没収供託

没収供託とは、一定額の金銭を供託させ、一定の事由が生じたときに供託物に対する供託者の所有権を剥奪し、これを国家に帰属させることをいいます。たとえば、公職選挙法で一定の得票数に満たなかった候補者の供託金を国や地方公共団体が没収することをいいます。

このうち、賃料増額に関するトラブルで用いられるのは、「弁済供託」になります。

(2)弁済供託の要件

賃借人が弁済供託を利用して、賃料を供託するためには、以下のいずれかの要件を満たす必要があります。

①受領拒否

賃借人が債務の本旨に従って適法な弁済の提供をしたにもかかわらず、賃貸人がその受領を拒否したときは、賃貸人の受領遅滞となり「受領拒否」を原因として弁済供託をすることができます。

②受領不能

賃借人がその債務を利用しようとしても、賃貸人の行方不明などの理由によりその弁済の受領ができない場合を「受領不能」といいます。この場合は、受領不能を原因として弁済供託をすることができます。

③債権者不確知

債権者不確知とは、賃借人に過失なくして賃貸人が誰であるかがわからないことをいいます。債権者不確知になるケースとしては、以下のケースが考えられます。
・賃貸人が死亡して相続が開始したものの、相続人が誰であるか不明な場合
・債権譲渡がされたものの、債権の帰属について債権者と債権の譲受人との間で争いがあり、どちらが債権者であるかを確知できない場合

2、供託金の還付と取り戻しの手続き


弁護士
荒川 香遥
弁済供託された供託金は、債権者による還付または債務者による取り戻しにより払い渡しを求めることができます。以下では、供託金の還付と取り戻しの手続きについて説明します。

(1)供託金の還付請求の方法

供託金の還付請求とは、賃貸人が供託金の払渡請求をすることをいい、その払渡しにより供託関係は本来の目的を達して終了します。
供託金の還付方法は、供託金払渡請求書に必要事項を記載し、以下の書類を添付または提示して供託所に提出します。
・還付を受ける権利を有することを証する書面
・印鑑証明書
・資格証明書(法人の場合)
・代理権限証書(代理人による還付請求の場合)

(2)供託金の取戻請求の方法

供託金の取戻請求とは、供託目的が錯誤その他の理由により始めから存在しないなど供託関係が本来の目的を達しない状態のまま賃借人が供託金の払渡請求をすることをいい、その払渡しにより同様に供託関係は終了します。
供託金の取戻請求方法は、供託金払渡請求書に必要事項を記載し、以下の書類を添付または提示して供託所に提出します。
・還付を受ける権利を有することを証する書面
・印鑑証明書
・資格証明書(法人の場合)
・代理権限証書(代理人による還付請求の場合)

(3)供託金の還付請求・取戻請求権の消滅時効

供託金の還付請求・取戻請求権には、民法上の債権に関する消滅時効が適用されますので、以下のいずれか早い時期が経過すると時効により権利が消滅してしまいます。
・権利を行使できることを知ったときから5年
・権利を行使できるときから10年
なお、当事者間に紛争がある弁済供託の供託金払渡請求権の場合は、供託の基礎となった事実関係をめぐる紛争が解決し、供託当事者において払渡請求権の行使が現実に期待できる状態になったときから時効の起算点となります。
他方、当事者間に紛争が存在しない還付請求権については、原則として供託の日が時効の起算点となります。

3、留保付供託受諾(留保付還付請求)の可否


弁護士
荒川 香遥
賃貸人と賃借人との間で賃料額に争いがある場合、賃貸人は、そのまま供託金の還付を受けても問題は生じないのでしょうか。以下では、留保付供託受諾(留保付還付請求)の可否に関する問題を説明します。

(1)問題の所在

賃料の増額請求などにおいて賃貸人と賃借人との間で賃料額に争いがある場合、賃借人が供託した従前の賃料額を賃貸人がそのまま還付を受けてしまう方法には問題があります。
このような方法で供託金の還付を受けてしまうと、賃料増額請求を取り下げたものとみなされてしまい、後日増額分の賃料を請求できなくなるおそれがあります。
そこで、賃料の一部の払戻しを受けるという「留保付供託受諾(留保付還付請求)」ができるのかが問題になります。

(2)判例の立場

判例は、留保付供託受諾を認めています。
債権全額に対する弁済として債務者が行った供託金額が債権額に足りない場合において、債権者が債務者に対して、当該供託金を債権額の一部に充当する旨通知し、かつ、供託所に対してその留保の意思を明らかにして還付を受けたときは、当該供託金は債権の一部に充当されたものと解すべきとしています(最高裁昭和36年7月20日判決)。
また、このような留保意思が供託所に明示されていなくても、判例は、賃料額について争いがあり、その訴訟が係属中であるときは、これをもって留保の意思表示があるものと解すべきであるとしています(最高裁昭和42年8月24日判決)。

(3)供託実務

供託実務においても、留保付供託受諾(留保付還付請求)を認めています。
供託金払渡請求書の備考欄に、「供託受諾、ただし、債権額(家賃)の一部として受領する」旨を記載しておけば、債権全額について弁済の効力を認めたことにはならず、後日、増額分について請求することができます。
なお、判例により示されているように、賃料額の争いが訴訟になっている場合は、供託金払渡請求書の備考欄に上記のような記載がなかったとしても留保したものとして扱われますが、払渡請求の際には、上記のような留保付受諾の記載をしておくのが無難でしょう。

4、賃料を供託された場合における賃貸人側の対処法


弁護士
荒川 香遥
賃借人による賃料を供託された場合、賃貸人としては、以下のような対処法が考えられます。

(1)供託金の還付を受ける

賃借人が供託した賃料については、還付請求の手続きを行うことにより、供託された賃料を受け取ることができます。賃貸人の生活費やローンの返済に必要になる場合は、供託金の還付請求を行うようにしましょう。
ただし、賃料の増額請求をしているなどの理由で賃料の金額に争いがある場合、そのまま供託金の還付を受けてしまうと、今後の争いで不利になる可能性があります。そのため、還付を受ける際の供託金払渡請求書の備考欄には留保付受諾の記載をしておくようにしましょう。

(2)賃料増額請求訴訟を提起する

賃貸人と賃借人との話し合いでは、増額後の賃料についての合意が得られないときは、最終的に賃料増額請求訴訟を提起することになります。
交渉を継続しても解決が難しいという場合は、早めに法的手段に切り替えるのがおすすめです。賃料増額請求訴訟では、裁判所が賃料の増額事由があるかどうか、増額後の賃料としていくらが相当であるかを判断してくれます。訴訟手続きは専門的かつ複雑ですので、自分で対応するのが難しいという場合は、弁護士に相談するのがおすすめです。

(3)弁護士に相談する

賃借人が賃料を供託したときは、すぐに還付を受けるのではなく、一度弁護士に相談するのがおすすめです。
弁護士に相談をすれば還付を受ける際の注意点などをアドバイスしてくれますので、適切な方法で供託金の還付を受けることができます。また、弁護士に依頼すれば、賃借人との交渉や調停・訴訟手続きなどをすべて任せることができますので、賃貸人の方の負担を大幅に軽減することができるでしょう。

5、まとめ


弁護士
荒川 香遥
賃料増額請求に関するトラブルを解決するには、専門的な知識や経験が不可欠となります。そのため、賃料増額請求に関するトラブルでお困りの方は、まずは弁護士に相談することをおすすめします。

増額後の賃料の金額で争いが生じると賃借人側は、弁済供託により賃料の供託を行うことがあります。このような場合、賃貸人は、還付請求の手続きをとることにより供託された賃料の支払いを受けることができます。
しかし、無条件で賃料を受け取ってしまうと今後の賃料増額請求の争いで不利になる可能性がありますので、必ず供託金払渡請求書の備考欄には留保付受諾の記載をしておくようにしましょう。
ダーウィン法律事務所では、賃料増額請求に関する問題を豊富に取り扱っておりますので、賃料増額請求に関するお悩みは、当事務所までお気軽にご相談ください。

賃料増額

この記事を監修した弁護士

荒川香遥
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

    荒川 香遥

    ■東京弁護士会
    ■不動産法学会

    相続、不動産、宗教法務に深く精通しております。全国的にも珍しい公正証書遺言の無効判決を獲得するなど、相続案件について豊富な経験を有しております。また、自身も僧籍を有し、宗教法人法務にも精通しておりますので、相続の周辺業務であるお墓に関する問題も専門的に対応可能です。

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