不動産売買契約における「ローン特約」は、買主が住宅ローンの承認を得られなかった場合に契約を解除できる重要な条項です。もっとも、ローン特約条項の内容が曖昧なまま契約してしまうと、「どの金融機関への申込みが必要だったのか」「解除期限を過ぎているのではないか」「買主に落ち度はなかったのか」などを巡って、売主・買主間で深刻なトラブルに発展することがあります。
実際の裁判例でも、ローン特約条項の記載内容や運用方法が争点となるケースは少なくありません。不動産会社が定型的な契約書をそのまま使用していたことで、契約解釈を巡る紛争につながる場面もみられます。
今回は、不動産会社がローン特約条項を作成する際に押さえるべきポイントを整理したうえで、実際の裁判例や実務上の注意点を解説します。トラブルを未然に防ぐための契約書作成・運用のポイントを確認していきましょう。
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どの金融機関への融資申込みを前提とするのかを記載します。
たとえば、「○○銀行」「△△信用金庫」など具体的に記載しておけば、どのローン審査結果によってローン特約を利用できるのかが明確になります。
反対に、金融機関を特定しないまま契約すると、「別の銀行なら通ったのではないか」「他行にも申し込むべきだったのではないか」といった争いにつながりやすくなります。
特に近年は、ネット銀行やフラット35、提携ローンなど選択肢が多様化しているため、利用予定の金融機関をできる限り具体的に記載することが重要です。
ローン特約では、買主が申し込む融資金額も明記しておく必要があります。
たとえば、売買代金5000万円のうち、4500万円を住宅ローンで調達予定なのか、フルローンを前提としているのかによって、審査結果や契約リスクは大きく異なります。
融資金額を明確にしておかなければ、「減額承認でも契約を続けるべきだったのではないか」という問題が生じることがあります。
また、諸費用ローンやリフォームローンを組み合わせるケースでは、どの範囲までをローン特約の対象に含めるのかも整理しておく必要があります。
ローン特約では、融資金額だけでなく、金利や返済期間などの融資条件も可能な範囲で定めておくことが望ましいです。
たとえば、以下のような条件です。
・固定金利か変動金利か
・金利の上限
・返済期間
・ボーナス払いの有無
仮に融資承認が出たとしても、想定より金利が高い場合や返済期間が短い場合には、買主にとって返済負担が大きくなることがあります。
もっとも、条件を細かく定めすぎると、わずかな条件変更でも解除主張が可能になってしまうため、実務では「主要条件をどこまで記載するか」のバランスが重要になります。
買主がいつまでにローン申込みを行うのかも、契約書に明記しておく必要があります。
申込み期限を定めておけば、買主が意図的に申込みを遅らせたり、審査を放置したりすることを防ぎやすくなります。
また、売主側としても、融資審査の進捗を把握しやすくなるため、引渡しスケジュールや住み替え計画を立てやすくなるでしょう。
実務では、「契約締結後○日以内」など、具体的な期限を設定するケースが一般的です。
ローン特約による解除が可能な期限も、必ず明確に定める必要があります。
解除期限が曖昧だと、「いつまで解除できるのか」を巡ってトラブルになりやすく、売主側の資金計画にも大きな影響を与えるからです。
たとえば、解除期限を過ぎた後は、融資否決であっても原則として通常の契約解除ルールに従うことになるため、買主が違約責任を負う可能性があります。
そのため、「令和○年○月○日まで」など、具体的な日付を記載することが重要です。

ローン特約は、買主に責任のない事情で融資が受けられなかった場合に契約解除を認める制度です。
そのため、融資不成立の原因が買主側にある場合には、ローン特約の適用が否定されることがあります。
東京地裁令和3年8月10日判決では、買主が「夫を連帯保証人とする条件」で住宅ローンの事前審査承認を得た後、正式審査段階で夫が連帯保証人になることを拒否したことが問題となりました。
この事案では、契約書や確認書に、
・融資審査後の申込内容変更があった場合
・連帯保証人の事情により融資制限が生じた場合
にはローン特約が適用されない旨が明記されていました。
しかし買主は、その後、夫が連帯保証人にならない旨を銀行へ伝えたため、金融機関からローン承認取消しを受けました。
裁判所は、
・買主は連帯保証人の了承を取り付けたうえでローン申込みを行う義務を負うこと
・連帯保証人が拒否した場合でも、代替保証人を立てるなど融資維持に向けた対応をすべきこと
・売主側は契約締結によって販売機会を失うリスクを負っていること
などを重視し、連帯保証人を立てられなくなったことは買主の責に帰すべき事由に当たると判断しました。
その結果、ローン特約による解除は認められず、買主の手付金返還請求は棄却されています。
ローン特約では、買主がどこまで融資実現に向けた努力をする必要があるのかが争点になることがあります。
特に、複数金融機関への申込みを前提としている場合には、「他行への申込みを十分に行ったのか」が問題になりやすいです。
東京地裁令和4年2月28日判決は、売主側が、「買主は他銀行への融資申込み手続きを怠ったため、ローン特約は適用されない」と主張した事案です。
この事案では、買主は契約書に記載されたA銀行へ融資申込みを行い、必要資料も提出していました。しかし、本部審査の結果、融資否決となりました。
その後、買主は他の金融機関にも相談を行ったものの、いずれも融資実行に向けた回答を得られなかったため、期限内にローン特約解除を通知しました。
これに対し売主側は、
・他行への正式申込みをしていない
・買主には資金調達へ向けた努力義務違反がある
・融資否決は買主側事情によるものだ
と主張しました。
しかし裁判所は、
・買主はA銀行へ必要書類を提出していたこと
・A銀行が最も融資可能性が高いと考えることに不合理はないこと
・他行へも相談を行っていたこと
・売主側も買主が懲戒請求を受けている事情を契約当初から認識していたこと
などを重視し、買主に努力義務違反や帰責事由は認められないと判断しました。
その結果、ローン特約解除は有効とされ、手付金返還が認められています。
ローン特約は、買主が誠実に融資手続きを進めることを前提としています。
そのため、買主自身の事情で融資不成立となった場合には、ローン特約解除が否定されることがあります。
たとえば、東京地裁令和3年1月6日判決は、売主業者が、「買主の融資申込内容に虚偽があった」「買主が融資条件を受け入れなかった」などとして、ローン特約解除を否定し、違約金を請求した事案です。
裁判所は、
・買主が当初から融資実現不可能な申込みをしていたとはいえないこと
・銀行側から親の連帯保証や担保提供を求められたものの、それを受け入れなかったこと自体は不合理ではないこと
・売主側がローン特約期限延長を認めていたとみるのが自然であること
などを理由に、買主側の帰責事由を否定しました。
その結果、ローン特約解除は有効とされ、売主業者の違約金請求は認められず、買主への手付金返還が命じられています。
ローン特約解除では、「いつ、誰に、どのように解除通知が到達したか」が重要になります。
特に、不動産会社や媒介業者を経由して通知を行う場合には、伝達ミスや認識違いによるトラブルが生じることがあります。
東京地裁令和3年10月22日判決は、買主が融資否決を受け、期限内にローン特約解除の意思表示を行っていたにもかかわらず、売主側媒介業者がその内容を売主へ伝達しなかった事案です。
この事案では、買主側媒介業者は、解除通知書のデータを添付したメールを売主側媒介業者へ送信していました。しかし、売主側媒介業者は、「売主が解除に納得しない可能性がある」と考え、解除期限後まで売主へ通知しませんでした。
その結果、売主は「解除通知は期限内に到達していない」と主張し、手付金・内金合計900万円の返還を拒否しました。
裁判所は、
・売主側媒介業者は契約履行に密接に関与する立場にあること
・買主から解除通知を受けた以上、遅滞なく売主へ伝達すべき信義則上の義務を負うこと
・あえて通知を秘匿した行為には故意が認められること
などを理由に、媒介業者の義務違反を認定しました。
その結果、売主側媒介業者に対して、買主へ900万円の損害賠償を命じています。

ローン特約では、定型の契約書をそのまま使用するだけでは不十分な場合があります。
実際の裁判例でも、解除期限が曖昧だったことや、他行申込み義務の有無が不明確だったことが紛争の原因となっています。また、近年はネット銀行・ペアローン・投資用融資など、融資形態も多様化しています。
そのため、「いつもの条項を流用する」という運用ではなく、案件ごとの資金計画や融資条件に合わせて条項を調整することが重要です。
特に、
・どの金融機関を利用するのか
・複数申込みを認めるのか
・どの時点で解除できるのか
といった点は、個別具体的に整理しておく必要があります。
ローン特約を巡るトラブルでは、契約前の確認不足が原因となっているケースが少なくありません。
たとえば、借入額が年収に比べて大きすぎる場合や他債務が多い場合には、本審査で融資が否決される可能性があります。また、転職予定や独立予定があるケースでは、事前審査が通っていても、本審査で状況が変わることがあります。
さらに、ペアローンや連帯保証人付きローンでは、「家族が当然協力してくれると思っていた」という認識のまま契約が進み、後から保証を拒否されるケースもあります。
不動産会社としては、単に事前審査承認の有無を見るだけではなく、資金計画全体に無理がないかを確認したうえで契約を進めることが重要です。
ローン特約では、「どの金融機関へ、いつ、どの条件で申し込んだのか」が重要な争点になります。
しかし実務では、申込み状況の共有が不十分なまま契約が進み、解除期限直前になって問題が発覚するケースもあります。
特に複数金融機関へ申込みをしている場合には、審査状況や必要書類の提出状況を把握できていないと、「本当に必要な申込みを行っていたのか」が後から争われる可能性があります。
そのため、不動産会社としては、融資申込みから審査結果までの流れを時系列で整理し、関係者間で共有できる状態にしておくことが望ましいでしょう。
ローン特約トラブルでは、契約書の文言だけでなく、契約締結時の説明内容やその後のやり取りも重視されます。
実際の裁判例でも、ローン特約期限の延長について口頭合意があったかどうかや、媒介業者が解除通知を適切に伝達したかどうかが重要な争点となっています。
また、メールやLINEによるやり取りが増えたことで、「送ったつもり」「見ていない」といったトラブルも起こりやすくなっています。
そのため、不動産会社としては、契約書だけを見て判断するのではなく、
・当事者間のやり取り
・金融機関との交渉経緯
・媒介業者間の連絡内容
まで含めて確認する必要があります。
ローン特約を巡る紛争は、違約金や手付金返還を巡って高額化しやすいため、判断に迷う場合には早めに弁護士へ相談することが重要です。
ローン特約は、不動産売買において買主保護の重要な役割を果たす一方、条項内容や運用方法が曖昧だと、解除の可否や手付金返還を巡る大きなトラブルにつながります。特に近年は、ネット銀行・投資用融資・ペアローンなど融資形態が多様化しており、従来の定型条項だけでは対応しきれないケースも増えています。
不動産会社としては、契約書作成だけでなく、資金計画の確認、融資申込み状況の管理、説明内容の記録化まで含めた対応が重要です。
ダーウィン法律事務所では、不動産会社向けに、不動産売買契約書のチェックやローン特約条項の作成支援、トラブル対応などを行っています。ローン特約を巡るリスクをできる限り回避したい場合は、早めにご相談ください。
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